神戸地方裁判所 平成元年(ワ)1569号 判決 1992年6月30日
原告
山本憲二
同
山本定三
同
山本正義
同
山本博巳
同
山本妙子
右原告ら訴訟代理人弁護士
齋藤哲夫
同
三上陸
被告
神戸市
右代表者市長
笹山幸俊
右訴訟代理人弁護士
奥村孝
同
中原和之
右訴訟復代理人弁護士
石丸鐵太郎
主文
一 被告は、原告らに対し、各金三〇万円及びこれに対する平成元年一一月一五日から支払ずみまで年五分の割合による各金員を支払え。
二 原告らのその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを五分し、その一を原告らの、その四を被告の、各負担とする。
四 この判決の主文第一項は、仮に執行することができる。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告らに対し、各金四〇万円及びこれに対する平成元年一一月一五日から支払ずみまで年五分の割合による各金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 第一項につき仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告らの請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 当事者
(一) 原告山本憲二、同山本定三、同山本正義、同山本博巳らは、いずれも訴外亡山本則男(以下「亡則男」という。)の兄、原告山本妙子は、亡則男の姉である。
(二) 被告は、その医療機関として、神戸市立中央市民病院(以下「被告病院」という。)を開設している。
被告病院は、救急告示病院であり、医療法三一条以下に規定されている公的医療機関である。
しかも、被告病院は、神戸市内における救命救急センターとして、特に重篤救急患者(第三次救急患者)の医療を確保する医療機関である。
2 本件交通事故の発生
亡則男は、平成元年五月一四日午後八時一〇分ころ、神戸市須磨区<番地略>先県道上を普通乗用自動車で走行中、折から反対車線を走行してきた訴外深井宏道運転の普通乗用自動車と正面衝突し、瀕死の重傷を負った。
3 被告病院による診療拒否とその前後の経緯
(一) 神戸市消防局管制室(以下「本件管制室」という。)は、同日午後八時一二分ころ、本件交通事故発生の連絡を受け、神戸市須磨消防署板宿出張所に対し、その所属救急車の出動を指令した。同出張所所属救急車(以下「本件救急車」という。)が、同指令に基づき現場に到着して、亡則男を収容し、同日午後八時二九分ころ、本件交通事故の現場から約一〇〇メートル離れた須磨赤十字病院(以下「須磨日赤病院」という。)に、同人を搬送した。
(二) 須磨日赤病院の医師は、亡則男を本件救急車内で診療したうえ、同人が死亡する危険性の高い第三次救急患者と診断し、同救急車の救急隊員(以下「救急隊員」という。)に対し、救命救急センターへの搬送を指示した。
(三) そこで、救急隊員は、同日午後八時三四分ころ、本件管制室に対し、亡則男が第三次救急患者であることを告げ、被告病院への連絡を依頼した。
(四) 本件管制室は、同日午後八時三四分ころ、被告病院に対し、第三次救急患者の受入れが可能か否かを問い合わせた(以下「本件連絡」という。)。
ところが、被告病院の当直担当責任者である医師は、同病院に当時一三名の当直医がおり診療を拒否する正当な理由がないのに、同病院の当直受付担当者(以下「本件受付担当者」という。)をして右管制室に対し、「今日は整形も外科もない。遠いし、こちらでは取れません。」等と言わせて、亡則男の受入れを拒否した(以下「本件診療拒否」という。)。
(五) 本件管制室は、同日午後八時三九分ころ、神戸大学医学部付属病院へ亡則男の受入れ方を要請したが、右病院の応答は、手術中であるため受入れられないというものであった。
(六) そのため、本件管制室は、同日午後八時四八分ころ、やむを得ず、兵庫県立西宮病院(西宮市六湛寺町一三番九号所在。以下「西宮病院」という。)に亡則男の受入れ方を連絡したところ、右病院から受け入れる旨の回答があったので、同病院に同人を搬送し、同人は、同日午後九時一三分ころ、同病院に収容された。
亡則男は、この時、心臓呼吸が停止したが、心臓マッサージにより蘇生した。
西宮病院所属医師訴外白鴻成は、同年五月一五日午前一時ころ、亡則男の開胸手術を開始し、右手術は、同日午前六時一〇分ころ終了した。しかし、亡則男は、同日午前六時五〇分ころ、呼吸不全により死亡した。
4 被告の責任
(一)(1) 被告病院の診療義務
被告病院の当直医師は、医師法一九条一項に基づく応招義務を有し、被告病院も、これと同様の義務を負っている。
さらに、被告病院は、神戸市内における唯一の救命救急センターであり、神戸市民だけでなく、消防署等の官庁も右センターとしての機能を信頼している。
もとより、亡則男も、このような被告病院の機能を信頼していた。
(2) 被告病院による診療義務違反
被告病院の当直医師が、本件連絡の際に、正当な理由がないのに亡則男の受入れを拒否したこと(本件診療拒否)は、被告病院の右診療義務に違反するとともに、亡則男の被告病院に対する信頼を裏切ったものである。
被告病院の当直医師は、被告病院の履行補助者である(医師法一〇条一項参照)から、被告病院は、その当直医師の行為を通じて、亡則男の受入れを拒否したものである。
(二) 被告の責任
(1) 被告病院は、被告の医療機関であり、被告病院の当直医師は被告病院の履行補助者であるから(医師法一〇条一項参照)、被告は、同履行補助者の過失行為により、亡則男について発生した後記損害について、不法行為に基づく賠償責任を負う。
(2) 被告は、被告病院の開設者として救急医療の事業の執行につき右病院を使用しているといえる。
したがって、両者は、使用者と被用者の関係に立ち、かつ、被告病院は、被告の業務執行につき右過失により亡則男に後記損害を与えた。
(3) よって、被告は、民法七〇九条により、仮にそうでないとしても同法七一五条に基づき、亡則男が本件診療拒否により被った損害を賠償する責任を負う。
5 亡則男の損害と原告らによる相続
(一) 亡則男は、本件診療拒否により、被告病院において適切な医療を受けるという法的利益を侵害され、肉体的、精神的な苦痛を被った。
亡則男の右精神的苦痛に対する慰謝料の額は、金二〇〇万円を下回らない。
(二) 原告らは、亡則男の死亡により、亡則男の被告に対する慰謝料請求権を、法定相続分の割合にしたがい各金四〇万円ずつ相続した。
6 よって、原告らは、被告に対し、本件損害各金四〇万円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である平成元年一一月一五日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の各支払いを求める。
二 請求原因に対する答弁
1 請求原因1(一)の事実は不知。同(二)の事実は認める。
2 同2中亡則男を被害者とする交通事故が平成元年五月一四日本件事故現場で発生したことは認めるが、同2のその余の事実は不知
3 同3(一)、(二)中本件管制室が平成元年五月一四日午後八時一二分ころ本件交通事故が発生した旨の連絡を受け神戸市須磨消防署板宿出張所に対しその所属する救急車の出動を指令し、本件救急車が同日午後八時一九分ころ本件事故現場に到着したこと、同救急車が須磨日赤病院の玄関口まで亡則男を搬送し、同病院の医師が亡則男を同救急車内で診療したうえ同人を第三次救急患者と診断し、同病院では同人を受け入れられない旨を述べたことは認めるが、同3(一)、(二)のその余の事実は否認。須磨日赤病院と本件事故現場との距離は約三〇〇メートルであり、本件救急車が同病院へ到着したのは同日午後八時三二分ころである。
同(三)の事実は認める。
同(四)中本件管制室が同日午後八時三四分ころ被告病院に対し第三次救急患者の受入れが可能か否か問い合わせた(本件連絡)こと、被告病院に当時一三名の宿直医師(ただし、内二名は宅直。したがって現実には一一名。)がいたこと、同病院の本件受付担当者が救急担当医師の指示を受け、本件管制室の本件連絡に対し「今日は整形も脳外科もない、遠いしこちらでは取れません。」等応答したことは認めるが、その余の事実、特に同病院が亡則男の診療を拒否したことは否認。
被告病院の本件受付担当者は、救急担当当直医師の指示を受け、本件管制室に対し、整形外科医師及び脳外科医師が当日自宅待機中であったことから、担当の医師が院内にいない旨を告げただけであり、同病院のその時点における状況(直ちには専門医師による対応ができない状況)について情報を提供したに過ぎない。
同(五)の事実は認める。
同(六)中本件管制室が同日午後八時四八分ころ西宮病院に連絡したところ受け入れる旨の回答があったので、本件救急車が亡則男を同病院に搬送し、同人が同日午後九時一三分ころ、同病院に収容されたことは認めるが、同(六)のその余の事実は不知。
4 同4(一)(1)中医師法一九条一項が原告ら主張の内容を規定していることは認めるが、その余の事実及び主張は争う。
同4(一)(2)の事実及び主張は争う。
同4(二)(1)中被告病院が被告の医療機関であること、同病院の当直医師が同病院の履行補助者であることは認めるが、同4(二)(1)のその余の事実及び主張は争う。
同4(二)(2)中被告が被告病院の開設者であること、被告と被告病院所属医師及び同病院所属職員中の本件受付担当者との間に雇用関係があることは認めるが、同4(二)(2)のその余の事実及び主張は争う。
同5(一)の事実は否認し、その主張は争う。
同5(二)の事実及び主張は争う。
同6の主張は争う。
三 被告の主張
1(一) 現行法上救急医療の責任主体等を明確に定めた規定はなく、医師法一九条一項は、公法上の義務であり、医師と患者個人の関係を規定したものでない。
したがって、医師が診療拒否をしても直接患者個人に民事上の責任を負うものでない。
また、被告病院は、後記のとおり神戸市内の救命救急センターとして、特に重篤な患者の医療に対応することを要請されているが、二四時間にわたり、全ての重篤患者に対処し得るように、医師を院内に待機させる義務まで負っているのではない。
(二) 神戸市周辺の救急医療体制(ただし、主として交通事故等外科系の疾患に関する救急体制。)は、次のとおりである(ただし、平成元年四月現在。)。
(1) 第一次体制
神戸市において救急病院・救急診療所として告示を受けている医療機関は、病院五四か所、診療所八か所の合計六二施設であり、常時交通事故等による救急患者の対応に当たっている。
(2) 第二次体制
第二次救急医療機関は、入院・手術を要する重症急病患者に対する医療を確保するものであり、神戸市では、同市域を六グループに分け、該当するグループの病院が輪番で入院・手術を要する重症急病患者に対応する「病院群輪番制」を採用し、原則として各グループに内科・外科を最低一病院確保する体制で臨んでいる。
又、右病院群輪番制とは別に、被告病院が九科を二四時間体制で、神戸市立西市民病院が内科その他一科目を二四時間体制で、入院・手術を要する重症急病患者に対応している。
(3) 第三次体制
第三次救急医療機関は、第一次、第二次救急医療機関と連携を図り、第二次救急医療機関で入院の上経過観察中第二次救急医療機関ではできない高度専門的な投薬・治療・手術を必要とするに至った救急患者に、入院治療中の第二次救急医療機関からの依頼により対応するものであり、神戸市では、被告病院と神戸大学医学部付属病院救急部が、第三次救急医療機関である救命救急センターとして、二四時間体制でその任に当たっている。
救命救急センターは、第一次、第二次救急医療機関の後方病院であり、原則としてそれらの救急医療機関からの転送患者を受け入れている。
なお、兵庫県においては、被告病院、神戸大学医学部付属病院救急部ほか合計六か所が、救命救急センターないしは救命救急センターに準ずるものとして活動している。
(三) 救急医療情報センターの存在
兵庫県は、救急医療情報センターを設置し、重症患者受入れ可能医療機関と血液センターに医療情報の入力端末機を置き、救急医療センター・消防本部・休日夜間センターに情報引出し端末機を置いてオンラインで結び、迅速な救急医療情報の提供を行っている。
消防局管制センターは、救急医療センターから救急医療情報を得、各医療機関に電話連絡をする等して救急患者の搬送を行なっており、その時点での最適の医療機関に救急患者を円滑に収容すべく努力している。
(四) 被告病院における救急体制
被告病院は、救急告示病院であり、救命救急センターであり、全ての程度の疾病の救急患者を受入れ、治療を行っている。
したがって、被告病院は、第一次、第二次救急医療機関としての役目も負っているものである。
被告病院の救急医療体制は、二四時間体制であり、病院開院中の午前九時から午後五時までと、病院閉院中の午後五時から翌朝午前九時まで及び休日に分け救急体制を整えている。
救急病床は二一床であり、担当医師三名、専門医師九名、監督者としての医師一名の医師合計一三名、看護婦八名、薬剤師一ないし二名、放射線技師二名、検査技師一ないし三名をもって救急患者に対応している(ただし、病院閉院中の時間外救急体制。)。
救急医療専門の医師・事務担当者等はおらず、日常の医療業務に従事している医師・事務担当者等が、交替で、勤務時間外の勤務として行なっている。
(五) 本件事件当日夜間の救急患者受入れ対応及びその状況
(1)(イ) 被告病院における本件事件当日午後五時以降の救急患者受入れ対応は、次のとおりであった。
救急担当医師三名・専門医師九名・監督者としての医師一名の医師合計一三名、看護婦八名、薬剤師一名、放射線技師二名、検査技師二名、事務担当者二名。
(ロ) 右専門医師の内脳外科と整形外科の当直担当医師は、自宅で待機する宅直であった。
被告病院としては、脳外科・整形外科所属の医師の労働過重を避けるため、また、待機の必要性を勘案して、右両診療科目の医師につき救急当直の一部を宅直としている。
宅直医師は、自宅で終夜待機し、被告病院から連絡があり次第出勤することになっていた。
したがって、被告病院における本件事件当日午後五時以降の救急体制では、脳外科と整形外科の専門医師が直ちに救急患者に対応できる状況下になかった。
脳外科医師の自宅は、神戸市西区、整形外科医師の自宅は、同市東灘区に所在し、右各医師が、各自宅から被告病院へ出勤して救急患者に対応できるまでには四五分ないし六〇分を要した。
なお、被告病院における右宅直の場合、同病院は、前記医療情報センターに対し、同病院における診療科目としての脳外科及び整形外科はない旨事前に連絡し登録していた。
(2) 被告病院は、本件事件当日の午前九時から翌日午前九時までの間に、一二五名の救急患者を受入れ、本件連絡の時点でも、入院患者一六ないし一七名を受入れ、さらに、六ないし七名の救急患者を診察中であり、同病院の救急診療現場は、まさにてんてこ舞いの状況下にあった。
(六) 本件連絡内容と本件受付担当者の対応
(1) 本件連絡の内容は、次の五点に要約される。
(イ) 打撲・外傷はたいしたことはない。
(ロ) 須磨日赤病院前の交通事故。
(ハ) 呼吸・心拍に異常はない。
(ニ) 意識レベルは三〇。
(ホ) 三次が必要。
(2) 本件連絡内容(イ)・(ハ)・(ニ)からは、救急患者は必ずしも重症とは判断されないし、しかも同内容(ロ)からは、救急告示病院である須磨日赤病院前での事故であることが理解できる。
本件管制室は、「三次救急」と表現しているが、本件連絡は、僅か一分前後(その内約四〇秒は会話をしていない。)のものであり、しかも、同管制室からは、以後何の連絡もなかった。
(七) 以上の主張から、被告病院が亡則男を受入れなかったことにつき正当な理由がある。
すなわち、
(1) 神戸地域における救急患者の受入れは、神戸市及びその周辺地域に存する全ての医療機関が相互に協力して救急医療に対応しなければできないものであり、現にそのように運営されているものである。
本件事件当時も、被告病院のほか前記救急病院群輪番制の当番病院一四か所が救急患者の受入れ体制を採っており、須磨日赤病院もその輪番病院の一つである。さらに、神戸市立西市民病院も神戸大学医学部付属病院(第三次救急医療機関)も救急患者の受入れ体制を採っており、加えて、救急告示病院六二か所において医師が常時待機の状態にあり、いずれも救急患者の受入れが可能であった。
被告病院が神戸市内における最大の救急医療機関であることは確かであるが、同病院のみが神戸市内で発生した全ての救急患者の受入れをしなければならないものでもなく、また、現実にそのようなことは不可能である。
まして、被告病院が本件連絡を受けた時点における同病院救急診療現場の状況は、前記のとおりであって、右状況下にあった同病院としては、単なる電話連絡であった本件連絡(救急患者受入れ要請)に対し、後記のとおり右診療現場の状況を説明し本件管制室の判断に委ねるほかはなかった。すなわち、本件救急車は、被告病院の救急窓口まで来た訳でない。同病院は、同救急車が同病院まで救急患者を搬送して来た場合、必ずその救急患者を受入れている。
これに加えて、神戸市に隣接する西宮病院も、兵庫医科大学付属病院(救命救急センター)も、救急患者の受入れが可能であった。
一般に、救急医療においては、患者が発生した時点で最も受入れ体制が整っている医療機関に可及的速やかに搬送するための広域的な対応が必要であり、そのために、兵庫県では前記救急医療情報センターが設置されている。事実、被告病院が受入れる救急患者の12.1パーセントは神戸市外からの救急患者である。
したがって、神戸市内の救急患者を同市外に搬送することは決して奇異なことではない。
(2) 亡則男が被告病院へ搬送されて来ても、当時、被告病院では、脳外科医師も整形外科医師も現に治療に従事しておらず、亡則男に対し直ちに専門的対応ができる状況ではなかった。
(3) 本件連絡を受けた本件受付担当者は、本件管制室に対し、前記のとおり当時の被告病院における状況(直ちには専門医師による対応ができない状況)について情報を提供したに過ぎないところ、本件管制室は、同応答に対し、亡則男の症状の訂正も再度の三次救急による受入れ要請もなかった。
2 仮に、被告病院の右状況説明が亡則男に対する診療拒否に当たるとしても、亡則男には、何ら賠償すべき損害が発生していない。
原告らが主張する損害とは、結局、亡則男が被告病院での医療水準による治療を一刻も早く受けたかったのに受けられなかったということに過ぎず、このような期待は、単なる私的主観的な感情に過ぎず、客観性がなく、不法行為法によって保護されるべき正当な法的利益ではない。
したがって、亡則男には、何ら法的に保護されるべき損害が発生していない。
四 被告の主張に対する原告らの反論
被告の主張1(一)中被告病院が神戸市内の救命救急センターであり、特に重篤な患者の医療に対応することが要請されていることは認めるが、同1(一)のその余の事実及び主張は争う。
同(二)ないし(五)中被告病院が第三次救急医療機関である救命救急センターであり、特に重篤救急患者(第三次救急患者)の医療を確保する医療機関であることは認めるが、同(二)ないし(五)のその余の事実は争う。
被告病院には、本件事件当夜、整形外科医師を含む一三名の当直医師が在院していたのであるから、亡則男を診療する体制が十分整っていた。
仮に、被告主張のとおり脳外科医師と整形外科の専門医師が宅直していて宿直医師でなかったとしても、右宅直医師は、被告病院から約三〇分離れた神戸市内ポートアイランドにおいて、同病院から連絡あり次第何時でも出勤できるように待機していた。
したがって、いずれにせよ、被告病院では、右事件当夜、亡則男を診療する体制が整っていた。
それにもかかわらず、被告病院は、亡則男の診療を拒否したのである。
同(六)(1)中本件連絡内容(ホ)の事実は認めるが、同(六)(1)のその余の事実及び主張は争う。
被告病院は、神戸市内で唯一の救命救急センターである。
したがって、本件管制室の、三次が必要という連絡内容は、同救命救急センターである同病院に対する第三次救急対象の重篤患者発生の告知であり、亡則男を搬送するかどうか分からないが情況を知らせて欲しいという単なる問い合せではなく、同人を搬送したいが受入れてもらえるかどうかという診療申込みの意味であることは明白である。
それ故に、被告病院の本件受付担当者も、「遠いですので……取れない……。」と回答したのである。
被告病院が本件診療申出を拒否したことは明白で疑う余地がない。
同(七)の主張は全て争う。
同2の主張も全て争う。
被告病院は、亡則男に対する診療を拒否したことは、前記のとおりであり、同病院は、右診療拒否により同人の適切な医療を受ける法的利益を侵害し、同人に対し肉体的精神的苦痛を与えたものである。
第三 証拠関係<省略>
理由
一当事者
1 原告山本博巳本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると、原告山本憲二、同山本定三、同山本正義、同山本博巳は、いずれも亡則男の実兄、原告山本妙子は、亡則男の実姉であることが認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。
2 被告がその医療機関として被告病院を開設していること、同病院が救急告示病院であり、医療法三一条以下に規定されている公的医療機関であり、しかも、神戸市内における救命救急センターとして特に重篤救急患者(第三次救急患者)の医療を確保する医療機関であること(請求原因1(二))は、当事者間に争いがない。
二本件事件の経緯
1 本件交通事故の発生
(一) 亡則男を被害者とする交通事故が平成元年五月一四日(以下「本件事故当日」という。)神戸市須磨区<番地略>県道上で発生したことは、当事者間に争いがない。
(二) <書証番号略>、原告山本博巳本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると、亡則男は本件交通事故発生直前普通乗用車を運転し、右事故当日午後八時一〇分ころ本件事故現場にさしかかったところ、折から反対車線を走行して来た普通乗用自動車と正面衝突し、亡則男において両側肺挫傷・右気管支(中間幹)断裂の傷害を受けたことが認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。
2 本件連絡と被告病院における本件受付担当者の応答
(一) 本件管制室(神戸市消防局管制室)が本件事故当日午後八時一二分ころ本件交通事故が発生した旨の連絡を受け、神戸市須磨消防署板宿出張所に対しその所属する救急車の出動を指令し、本件救急車が本件事故現場に到着したこと、同救急車が須磨日赤病院の玄関口まで亡則男を搬送し、同病院医師が亡則男を同救急車内で診察したうえ同人を第三次救急患者と診断し、同病院では同人を受入れられないと述べたこと、救急隊員が同日午後八時三四分ころ本件管制室に対し亡則男が第三次救急患者であることを告げ、被告病院への連絡を依頼したこと、本件管制室が同日午後八時三四分ころ同病院に対し第三次救急患者の受入れが可能か否かを問い合せた(本件連絡)こと、同病院には当時少くとも一一名の当直医師がいたこと、同病院の本件受付担当者が本件夜間救急担当医師(同医師については、後記認定のとおりである。)の指示を受け、本件管制室の本件連絡に対し「今日は整形も脳外科もない、遠いし、こちらでは取れません。」等応答したことは、当事者間に争いがない。
(二)(1) <書証番号略>、証人高濱哲哉の証言(ただし、同証人の供述中後記信用しない部分を除く。)、原告山本博巳本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると、次の各事実が認められる。
(イ) 本件事故現場と須磨日赤病院間の距離は、約二〇〇メートルであり(右事実は、公知の事実でもある。)、本件救急車が同事故現場から同病院へ到着したのは、本件事故当日午後八時二九分ころである。
(ロ) 本件管制室の連絡及び本件受付担当者における応答の具体的内容は、次のとおりである。
(本件管制室)
「すみません。忙しいところ。ちょっと交通事故で、二〇歳の男性なんですけどね。」
(本件受付担当者)
「交通事故、ちょっと待ってくださいね。」
(本件管制室)
「乗用車同士の接触。えっと、打撲は、外傷はたいしたことはないのですが、ちょっと意識が混乱していまして、レベル三〇程度。」
(本件受付担当者)
「レベル三〇。呼吸・心拍は異常なしですか?」
(本件管制室)
「ええ、それで、ちょうど須磨日赤の入口なんですわ。」
「それで、須磨日赤のドクターに診察してもらいましたらね、三次が必要だというとるんですわ。」
(本件受付担当者)
「三次?」
(本件管制室)
「三次救患でね。」
(本件受付担当者)
「こちらの入院歴は?」
(本件管制室)
「えー、全然ないと思います。」
(本件受付担当者)
「ちょっと、お待ちくださいね。」
(間隔)
「もしもし、えーと、今夜は整形外科も脳外科もありませんということですので。」
「えー、まァ、こちらの方へ連れてくるいうのも遠いですので、ちょっと、こちらの方ではとれないということです。」
(本件管制室)
「はー、無理ね、それやったら仕様ないね。」
(本件受付担当者)
「はい。」
(本件管制室)
「はい、わかりました。」
なお、右会話が約四〇秒の間隔で途切れていることは、被告において自認するところである。
(ハ) 被告病院は、平成元年五月一四日(以下「本件事件当日」という。)午後五時から翌午前九時までの時間外救急(以下「本件夜間救急」という。)において、脳外科と整形外科の専門医師を宅直としていた。
右宅直方式とは、当該医師がポケットベルを持って自宅で待機し、被告病院の緊急連絡により何時でも同病院へ出勤する方式で、同病院において医師の労務過重を防止する目的から採られた方式である。
したがって、被告病院には、本件事件当日午後八時三四分ころ、脳外科と整形外科の専門医師が実際には在院していなかった。
そして、右脳外科医師の自宅は神戸市西区狩場台に、右整形外科医師の自宅は同市東灘区本山に、それぞれ所在し、同医師らが被告病院の緊急連絡を受け自宅から同病院へ出勤するまでの所要時間は、同脳外科医師の場合約六〇分、同整形外科医師の場合約四五分であった。
(ニ) 被告病院の本件夜間救急における本件管制室等からの救急受付事務は、当番制によって右事務を割合てられた同病院事務職員によって担当され、内三名が午後五時から午前零時まで、残二名が午前零時から午前九時まで、交替でこれを担当した。
そして、右受付担当者は、本件管制室等から救急の電話連絡を受けると、右電話連絡の内容を、職制の上下に関係なく余裕のありそうな夜間救急担当医師に告げてその判断を待ち、それが救急患者の受入れに関するものである場合、同担当医師が受入れすると判断しその旨を右受付担当者に伝えると、右受付担当者が本件管制室等に対し、その趣旨を応答していた。
なお、被告病院では、事務職員に対して、救急患者の受付に関する特別教育を実施し、電話対応については、実地でその研修をしていた。
(ホ) 本件受付担当者も、本件事件当日午後八時三四分ころ本件連絡を受け、前記方法にしたがってこれを本件夜間救急担当医師に伝えたところ、同医師から、「今日は脳外科医も整形外科医もいない旨伝えてくれ。」といわれ、本件管制室に対し、前記内容の応答をした。
(2) <証拠判断略>
3 本件連絡後から亡則男死亡までの経緯
(一) 本件管制室が本件事故当日午後八時三九分ころ神戸大学医学部付属病院に亡則男の受入れ方を要請したが、同病院の応答は手術中のため受入れられないというものであったこと、そこで、本件管制室が同日午後八時四八分ころ西宮病院に連絡したところ受入れる旨の回答があったので、本件救急車が亡則男を同病院に搬送し、同人が同日午後九時一三分ころ同病院に収容されたことは、当事者間に争いがない。
(二) <書証番号略>、原告山本博巳本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると、次の各事実が認められ、その認定を覆えすに足りる証拠はない。
西宮病院では、亡則男の収容後、直ちに同人に対する応急処置を採り、両側開胸手術の準備にかかった。
右病院医師白鴻成が、亡則男の右手術を担当し、同手術は、本件事件翌日午前一時ころから開始され同日午前六時ころ終了した。
しかし、亡則男は、右同日午前六時五〇分、前記受傷に起因する呼吸不全により死亡した。
三被告病院における本件診療(受入れ)拒否の成否
1 本件管制室が被告病院へ本件連絡をするまでの経緯、本件連絡の内容及びこれに対する被告病院の本件受付担当者の応答、同受付担当者が同応答するに至った事情、同受付担当者と本件夜間救急担当医師との関係等は、前記認定のとおりである。
2 右認定にかかる本件管制室の本件連絡内容及び被告病院の本件受付担当者のこれに対する応答内容を全体的に把握してこれを中心にし、それに関連する右認定各事実を総合して、さらにこれを検討すると、本件管制室の本件連絡内容は、その言葉遣いや伝達内容の詳細度等から上級者に対するご都合伺いの様相を呈していること、しかしながら、本件連絡では、須磨日赤病院医師が亡則男を第三次救急患者(第三次救急患者については、後記認定のとおりである。)と診断している旨を明確に伝達していること、これに対し、被告病院の本件受付担当者が、本件連絡に対し、脳外科医師及び整形外科医師が当日不在であること、被告病院へ連れて来るのは遠方であること、同病院で取れないということである旨応答していること、同受付担当者は、同応答前本件夜間救急担当医師の指示を受けていること、同受付担当者も、同応答の結論においてそれが本件夜間救急担当医師の意見であることを言外にほのめかしていること、第三次救急医療機関(この点については、後記認定のとおりである。)に所属し、しかも現に第三次救急医療のために本件夜間救急体制下にある同夜間救急担当医師は勿論、本件受付担当者(同人が、救急患者の受付に関し特別教育を受けていることは、前記認定のとおりである。)も、本件連絡における亡則男が須磨日赤病院医師により第三次救急患者と診断されている旨の内容を了解し得なかったとは到底考えられないこと、それにもかかわらず、本件受付担当者が本件管制室に対し前記結論のとおり応答していることが認められるのであり、右認定からすると、客観的にみて、被告病院の本件夜間救急担当医師は、本件管制室の本件連絡に対し、同病院の本件受付担当者を介して、亡則男の受入れ(診療)を拒否した(以下、本件診療拒否という。)といわざるを得ない。
右認定説示に反する被告の主張は、理由がなく採用できない。
四被告の責任
1 被告病院の医師法に基づく診療義務
(一)(1) 医師法一九条一項は、「診療に従事する医師は、診察治療の要求があった場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならない。」と規定している。
右規定は、医師の応招義務を規定したものと解されるところ、同応招義務は直接には公法上の義務であり、したがって、医師が診療を拒否した場合でも、それが直ちに民事上の責任に結びつくものではないというべきである。
しかしながら、右法条項の文言内容からすれば、右応招義務は患者保護の側面をも有すると解されるから、医師が診療を拒否して患者に損害を与えた場合には、当該医師に過失があるという一応の推定がなされ、同医師において同診療拒否を正当ならしめる事由の存在、すなわち、この正当事由に該当する具体的事実を主張・立証しないかぎり、同医師は患者の被った損害を賠償すべき責任を負うと解するのが相当である。
また、病院は、医師が公衆又は特定多数人のため、医業をなす場所であり、傷病者が科学的で且つ適切な診療を受けることができる便宜を与えることを主たる目的として組織され、且つ、運営されるものでなければならない(医療法一条の二第一項)故、病院も、医師と同様の診療義務を負うと解するのが相当である。
なお、被告病院には、救急告示病院として、救急医療につき相当の知識及び経験を有する医師の常駐が義務付けられていると解される(救急病院等を定める厚生省令八号一条一項一号。消防法二条九項。)。
(2) しかして、病院所属の医師が診察拒否をした場合、右診療拒否は当該病院の診療拒否となり、右一応推定される過失も右病院の過失になると解するのが相当である。蓋し、右診療拒否は、当該病院における組織活動全体の問題であり、ここで問題にされる過失は、いわば組織上の過失だからである。
(二) 右説示によれば、本件においても、被告病院の所属医師、ひいては被告病院は、右説示にかかる診療義務(応招義務)を有しているのであるから、被告病院の所属医師が診療を拒否して患者に損害を与えた場合には、被告病院に過失があるという一応の推定がなされ、同病院は、右説示にかかる診療拒否を正当ならしめる事由の存在、すなわち、この正当事由に該当する具体的事実を主張・立証しないかぎり、患者の被った損害を賠償すべき責任を負うと解するのが相当である。
右説示に反する被告の主張は、理由がなく採用できない。
2 被告病院の本件診療拒否を正当ならしめる事由の存否
(一) 被告病院の本件診療拒否の存在については、前記認定のとおりである。
そこで、前記説示にしたがい、被告病院主張の右診察拒否を正当ならしめる事由の存否について判断する。
(1) 神戸市周辺の救急医療体制(ただし、平成元年四月現在における、主として交通事故等外科系の疾患に関する救急体制。)
(イ) 被告の主張事実中被告病院が神戸市内における第三次救急医療機関としての救命救急センターであり、特に重篤救急患者(第三次救急患者)の医療を確保する医療機関であることは、当事者間に争いがない。
(ロ) <書証番号略>、証人高濱哲哉の証言及び弁論の全趣旨を総合すると、次の各事実が認められ、その認定を覆えすに足りる証拠はない。
(a) 被告(神戸市)では、次の三層からなる救急医療体制を採っている。
(Ⅰ) 第一次体制
神戸市において救急告示を受けている医療機関(病院五二、診療所七の合計五九施設)がこれに該当する。
しかして、その役割は、救急患者の中でも最も多い比較的軽症の急病患者に対する医療を確保し、入院を必要とする患者が発見された場合には、適切な第二次・第三次救急医療機関に転送することにある。
(Ⅱ) 第二次体制
第一次救急医療機関からの転送患者や救急車による搬送患者等入院・手術を要する重症患者に対する医療の確保を目的とする。
神戸市においては、昭和五四年二月から、「病院群輪番制」を実施し、六九病院がこれに参加している。
右病院群輪番制については、神戸市域を六グループに分け、原則として各グループに内科・外科を最低一病院確保する体制で臨んでいる。
なお、右病院群輪番制とは別に、神戸市立西市民病院が第二次救急医療機関として内科及びその他一科目の二科目について毎日二四時間の受入れ体制を採っている。
しかして、本件事件に関係する前記須磨日赤病院は、第二次体制中の病院である。
(Ⅲ) 第三次体制
第一次、第二次救急医療機関と連携を図り、重篤な救急患者(これに該当する救急患者を第三次救急患者という。)を確実に受入れるとともにその傷病に対応できる高度な専門的治療の確保を目的とする。
被告病院が、救命救急センターとして九科目について毎日二四時間体制で対応している。
なお、神戸大学医学部付属病院が、昭和六三年から救急部を設置し、神戸市の第三次体制に加わった。
また、神戸市周辺都市で、神戸市の第三次救急医療機関に匹敵するのは、西宮病院、兵庫医科大学付属病院である。
(b) 救急医療活動を円滑に運営するための救急医療関係者に対する情報制度として、兵庫県医療情報センターが存在し、同情報センターが、救急医療情報を一手に掌握している。そして、救急病院は、その救急体制を右情報センターに届出て、消防局は、右情報センターから救急医療情報を入手して、これにしたがい救急患者の搬送をしている。
(ハ) 右認定各事実に基づけば、確かに、神戸市及びその周辺における救急医療体制は、本件事件当時整備充実されていたといい得る。
そして、被告は、右救急医療体制に基づき本件事件当時亡則男を受入れ得たのは被告病院のみではなかった故、同病院が同人を受け入れなかったことに正当事由がある旨の主張をしている。
しかしながら、亡則男が本件連絡当時客観的に第三次救急患者に該当したこと、右事実は須磨日赤病院所属医師の診断及び西宮病院所属医師の診断から裏付けられること、そして、神戸市内における第三次救急医療機関が当時被告病院と神戸大学医学部付属病院であったこと、第三次救急医療機関の存在目的等は、前記認定のとおりであって、右認定に基づくと、亡則男に対し当時必要とした直近の救急医療機関は、第三次救急医療機関であったところ、右第三次救急医療機関として亡則男を収容し得る医療機関は、右二病院に限られていたというべきである。
右認定説示に基づくと、いかに神戸市内における救急医療体制が当時整備充実されていたとはいえ、右医療体制内において第三次救急医療機関である被告病院が神戸市内における第一次、第二次救急医療機関の存在をもって本件診療拒否の正当理由とすることは、できないというべきである。
確かに、西宮病院、兵庫医科大学付属病院が、被告病院に匹敵する第三次救急医療機関としての機能を持って存在することは、前記認定のとおりである。
しかしながら、右二病院と須磨日赤病院との距離関係、特に須磨日赤病院から右二病院に至る高速道路も交通渋滞し勝ちであること(このことは、原告山本博巳本人尋問の結果により認められる。)、それに前記認定の亡則男の本件受傷内容、同人が第三次救急患者であったことを合せ考えると、同人の西宮病院、兵庫医科大学付属病院への搬送は次善(本件管制室も、先ず被告病院へ、次いで神戸大学付属病院へ救急連絡していることは、前記認定のとおりである。)というべく、したがって、本件においては、西宮病院、兵庫医科大学付属病院の存在も、右説示を左右するに至らない。
よって、右認定説示に反する被告の前記主張は、理由がなく採用できない。
(2) 被告病院における救急体制及び本件夜間救急における具体的状況
(イ) 被告病院が救急告示病院であり、公的医療機関で、しかも、神戸市内における救命救急センターとして第三次救急患者の医療を確保する医療機関であることは、当事者間に争いがなく、同市内における第一次ないし第三次救急医療機関の存在及びその相互の関係等は、前記認定のとおりである。
(ロ) 証人高濱哲哉の証言及び弁論の全趣旨を総合すると、次の各事実が認められ、その認定を覆えすに足りる証拠はない。
(a)(Ⅰ) 被告病院における、本件夜間救急体制は、次のとおりであった。(ただし、本件夜間救急における医師及び事務職員関係。)
医師(これら医師を「本件夜間救急担当医師」という。)
担当医師三名、専門医師九名(内科、循環器内科、小児科、外科、脳外科、整形外科、産婦人科、麻酔科から各一名。他に各科として一名。)、その監督者としての救急部長医師一名、合計一三名。
右医師一三名は、後記宅直医師を除き、本件夜間救急中被告病院内待機であった。
事務職員
五名(本件夜間救急における救急受付事務の分担状況は、前記認定のとおりである。)
(Ⅱ) 被告病院では、右医師一三名中脳外科、整形外科の両科医師について、宅直方式を採用していたこと、同方式の目的、その内容等は、前記認定のとおりである。
(Ⅲ) 被告病院では、救急医療に専属する医師・事務職員はなく、同病院全体の医師・事務職員が交替で担当していた。
なお、右病院脳外科所属医師は七名(ただし、内一名が救急部部長として同部の管理を担当するため、実際に右時間帯における救急医療を分担し得るのは六名。)、整形外科所属医師は九名であり、交替で宅直をしていた。
本件事件当日夜間も、脳外科医師及び整形外科医師各一名が右宅直していたことは、前記認定のとおりである。
(b) 被告病院では、本件連絡時、診療中の患者六名から七名が、既に入院した患者一六名から一七名が、それぞれ居合せ、前記医師一一名(宅直であった脳外科医師及び整形外科医師を除く。)が、同患者らに対応していた。
(c) 被告は、右認定にかかる被告病院における本件夜間救急体制及びその具体的状況に基づき右夜間救急担当医師が診察中であったから本件診療拒否には正当理由がある旨の主張をする。
確かに、医師が診療中であること、特に当該医師が手術中であることは、診療拒否を正当ならしめる事由の一つになり得ると解される。
しかしながら、本件では、被告において、本件夜間救急担当の前記医師一一名が本件連絡時具体的にいかなる診療に従事していたのか、特に、亡則男の本件受傷と密接に関連する診療科目である外科の専門医師(同医師が当時被告病院に在院していたことは、前記認定から明らかである。)は当時いかなる診療に従事していたのか、本件受付担当者が本件連絡を受理しこれを伝えた医師はどの診療科目担当の医師で、同医師は当時いかなる診療に従事していたのか(救急受付担当職員が外部から救急連絡を受けた場合、同人において時間的に余裕がありそうな救急医療担当医師に同連絡を伝え、その指示を受けることは、前記認定のとおりである。)等について、具体的な主張・立証をしない。
右各事実についての具体的な主張・立証がない以上、前記認定のみでは、未だ被告病院の本件診療拒否を正当ならしめる事由(医師が診療中)の存在を肯認するに至らない。
なお、被告は、原告ら及び当裁判所の釈明にもかかわらず、医師及び事務職員全員の士気に関するとの理由で、本件受付担当者は勿論、同人に指示した本件夜間救急担当医師の氏名の特定及び同受付担当者の証人申請を拒否し、さらに、証人高濱哲哉の証言によりその存在が認められる、被告病院庶務課長が本件事件後同受付担当者から事情を聴取し作成した聴取書についても、自発的にこれを証拠として提出することを拒んでいる。
被告が右認定の訴訟活動を採る以上、加えて、原告らと被告との訴訟における地位が実質的に対等といえない本件においては、当裁判所に、被告が右具体的に主張・立証しない右各事実についての釈明義務はないというべきである。
よって、右認定説示に反する被告の前記主張も、理由がなく採用できない。
(3) 本件連絡時における特定診療科目担当医師の不在
(イ) 亡則男の本件受傷内容、本件連絡内容、被告病院脳外科医師及び整形外科医師が本件夜間救急において宅直し、右連絡時同病院に在院していなかったこと、右宅直方式の内容、しかしながら、亡則男の右受傷内容と密接に関連する外科専門医師が右連絡時本件夜間救急担当医師として同病院に在院していたことは、前記認定のとおりである。
(ロ) 被告は、右認定事実、すなわち、右脳外科医師及び整形外科医師が本件連絡時宅直で在院せず、右両医師の亡則男に対する直接対応ができなかったことに基づき、被告病院の本件診療拒否に正当事由があった旨の主張をする。
確かに、担当医師不在は、場合によって診療拒否の正当理由となり得ると解される。
しかしながら、本件においては、亡則男の本件受傷と密接な関連を有する外科専門医師が本件連絡時本件夜間救急担当医師として在院していたことは前記認定のとおり(ただし、被告において、右外科専門医師の氏名、同医師が同連絡時いかなる診療に従事していたか等について具体的な主張・立証をしないことは、前記説示のとおりである。)であり、一方、被告は、本件救急車が現実に被告病院まで亡則男を搬送して来たならば同病院において同人を必ず受入れていた趣旨の主張をし、証人高濱哲哉もまた、右主張にそう証言をしている。
ただ、被告は、右主張をするのみで、亡則男を受入れた場合、被告病院としてはいかに処置するのか、また、その場合における宅直医師との関係はどうなるのか等について具体的な主張・立証をしない。
右認定を総合すると、結局、被告の前記医師ら不在は、被告病院の本件診療拒否の正当事由たり得ないというべきである。
蓋し、右認定を総合すると、右病院では、本件連絡時脳外科及び整形外科の両専門医師が宅直で在院しなかったにもかかわらず、なお亡則男を現実に受入れても同人に対し施すべき医療は人的にも物的にも可能であった、それにもかかわらず、同病院は右両専門医師の不在を理由に本件診療拒否をしたとの推認を否定し得ないからである。
よって、右認定説示に反する被告の前記主張もまた、理由がなく採用できない。
(4) 被告病院の本件連絡時における休診届出関係
(イ) 被告は、脳外科及び整形外科両専門医師が夜間救急において宅直する場合、予め前記医療情報センターに右両診療科目休診という届出をしている故、右両医師が本件事件当日の夜間救急において実際に在院しなくても本件診療拒否に正当事由があった旨の主張をする。
(ロ)(a) 被告病院の本件夜間救急において脳外科及び整形外科の両専門医師が宅直していて現実に在院していなかったことは、前記認定のとおりである。
(b) 証人高濱哲哉の証言によれば、右両専門医師が右宅直である場合、被告病院において前記医療情報センターに予め右両診療科目休診と届出ていたことが認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。
(ハ) 確かに、医師の不在等の場合に、予め搬送機関にその旨を通知する等の適切な措置がなされれば不在の責は問われないとの見解(救急病院等を定める省令の基準について。昭和三九年一〇月一四日総七四号厚生省医務局総務課長通知。)も存在し、被告病院の右届出も、右見地に則したものと推認される。
しかしながら、亡則男に対する本件診療拒否に限っていえば、右両専門医師が右病院に現実に在院していなくても、そのことから直ちに同診療拒否を正当ならしめる事由としての医師の不在となり得ないことは、前記認定説示のとおりであり、右認定説示にかかる実体関係が、右病院の前記医療情報センターに対する形式的な右届出によって変更される謂はない。
したがって、本件においては、被告病院の右医療情報センターへの右届出をもって同病院の本件診療拒否を正当ならしめる事由とすることはできない。
よって、右認定説示に反する被告の前記主張も、理由がなく採用できない。(二) 以上の認定説示から、結局、被告病院の本件診療拒否には、これを正当ならしめる事由の存在を肯認し得ず、同病院は、前記説示の過失に基づく責任を免れ得ないというべきである。
3 被告の本件責任
(一)(1) 被告がその医療機関として被告病院を開設していることは、当事者間に争いがなく、同病院に認められる本件過失が組織上の過失であることは、前記認定説示のとおりである。
(2) 証人高濱哲哉の証言によれば、右病院は神戸市衛生局病院経営管理部の管理監督を受けていることが認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。
(二) 右認定説示を総合すると、被告病院も被告の組織を構成する一部門というべく、したがって、同病院と被告との関係においても、同病院の本件過失に関する前記認定説示がそのまま妥当し、同病院の本件診療拒否は被告の組織活動全体の問題として、被告もまた、同病院の過失を被告の過失として、民法七〇九条に基づきその責任を負い、亡則男の後記損害を賠償すべき義務があると解するのが相当である。
そして、被告の負う右過失責任が右説示のとおり組織活動全体によるものである以上、被告の組織の構成員である本件診療拒否に関与した本件夜間救急担当医師及び本件受付担当者の個人的氏名が具体的に特定されなくても、被告の右責任の帰属につき支障はないと解するのが相当である。
よって、原告らの被告の責任に関する主張は、右説示の点で理由があり、その余の主張については、特に判断の必要をみない。
五亡則男の本件損害
1 本件交通事故が本件事故当日本件事故現場で発生したことは、当事者間に争いがなく、亡則男が右交通事故により傷害を受けたこと、同人の右傷害の内容程度、本件連絡及び被告病院の本件受付担当者のこれに対する応対、被告病院の亡則男に対する本件診療拒否に至るまでの経緯、その存在及び内容等は、前記認定のとおりである。
2 亡則男が本件連絡時及び被告病院の本件診療拒否時多少の混乱はあったものの意識を持っていたことは、前記認定の本件連絡内容から認められるし、原告山本博巳本人尋問の結果によれば、亡則男は、本件診療拒否後西宮病院へ収容されるまでの間、呼吸困難で心臓停止は二回程あったが、意識喪失の状態ではなかったことが窺え、右認定を覆えすに足りる証拠はない。
3 しかして、医師の応招義務を定めた医師法一九条一項が患者保護の側面をも有することは、前記説示のとおりであり、右説示からすれば、患者は、医師が正当な理由を有さない限りその求めた診療を拒否されることがなく診察を受け得るとの法的利益を有すると解するのが相当である。
これを本件についてみれば、亡則男は、被告病院に対し、右説示にかかる法的利益を有したところ、同人は、同病院の本件診療拒否により右法的利益を侵害され精神的苦痛を被ったと認めるのが相当である。蓋し、右病院の右診療拒否に正当事由が肯認し得ないことは、前記認定説示のとおりだからである。
なお、右認定各事実を総合すると、本件診療拒否と亡則男の右精神的苦痛との間には、相当因果関係の存在を肯認できるというべきである。
右認定説示に反する被告の主張は、理由がなく採用できない。
4 被告には、前記認定説示のとおり亡則男の右精神的苦痛に対し慰謝料を支払う義務があるところ、右慰謝料は、前記認定にかかる同人の本件受傷内容、本件診療拒否に至るまでの経緯等のほか本件に現われた諸般の事情を総合勘案すると、金一五〇万円をもって相当と認める。
六原告らの相続
1 原告らが亡則男の兄姉であることは、前記認定のとおりである。
2 右認定に基づくと、原告らは、亡則男の本件損害金一五〇万円の賠償請求権を、その法定相続分にしたがって相続したというべきである。
しかして、原告らが、右相続によって取得した各損害賠償請求権の金額は、各金三〇万円である。
七結論
1 以上の全認定説示に基づき、原告らは、被告に対し、本件損害各金三〇万円およびこれに対する本訴状送達の日の翌日であることが本件記録から明らかな平成元年一一月一五日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の各支払いを求める各権利を有するというべきである。
2 よって、原告らの本訴各請求は、右認定の限度で理由があるから、その範囲内でこれらを認容し、その余は、いずれも理由がないから、これらを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文、九三条一項を、仮執行の宣言につき同法一九六条を、各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官鳥飼英助 裁判官亀井宏壽 裁判官三浦潤は、転補につき署名押印することができない。 裁判長裁判官鳥飼英助)